栃木県/大口 尚孝 様

《審査員からのコメント》

なんといっても「雨水コーヒー」!!このワードに木村さんの成果が集約されていますね。MF(ミクロフィルター)とUV消毒灯で雨水を浄水し、コーヒーはもとより様々な料理にも活用。既存の雨水貯水設備に最新技術のひと手間をプラスして、幼児や高齢者にもデリケートな水を供給されています。雨水活用を日常ツールにする意義と方法をご近所の皆さんを巻き込んで探求し、地域社会に浸透させたいという想いにも感服しました。

コロナ禍の「雨宿り」暮らしの実験日記

私の住まいがある北九州では、2021年のお盆はひどい大雨に見舞われ、庭にあったすべての容器に雨水が満杯に溜まっていた。とても綺麗な澄んだ水で、私はふとした思い付きからその水でいろいろなお試し実験をやってみた。ガラス拭きに始まり、サッシ、玄関ドア、物干しなど、こびりついていた汚れが、雨水を使うといとも簡単に綺麗になった。
スニーカー、庭仕事の道具、手袋、エプロン、ズボンなども洗剤いらず。浸け置きで簡単に汚れ落ちする。どんな洗剤でも綺麗にならなかったお風呂の床の目地も、換気扇フードやフィルター、油溜めのお皿、さらには食器、お鍋やフライパン、床磨きまで魔法にかかったように綺麗になった。「目からウロコ」だった。雨水を循環資源としてよりよく活かす秘密がきっとある!なぜ雨水は洗浄力が高いのか?

超純粋な水はハングリーウォーターとか呼ばれることもあって、お腹をすかせている。だから何でも物質を溶かそうとする。雨水は超純水ではないけれど、水道水よりもはるかに水分中の溶解物が少ないからその性質が残っているのでは、と思う。
一連の試みが、雨水の水質的な効用を示す結果になったのは本当に驚きの快挙で、ある程度の確信が得られた。これはまだあまり考えられていない雨水利用の分野かもしれない。都市では、雨は取り込んでその後流されるのが当たり前になっている。つまり雨は速やかに下水道で処理されなければならないと決められている。
しかしそれが大きな間違いなのではないか。雨水は、やっぱり私たちにとってあるべき生活ツールだと痛感した。

そこで、科学的な根拠に基づいた研究と、技術の躍進で開発された様々な装置を利用して自家水源を作ることにたどり着いた。まずはバルコニーに降りている竪樋をカットして、取水金具を取り付け多目的容器(80ℓ×2個)に雨を導入する方法で、雨水を溜めて使う日々を過ごした。
しかしこれがなかなかの体力仕事である。もっと便利に効率的に雨水を使う工夫はないものかと考え、私は思い切って2階の台所シンクに雨水専用水栓を取り付けることにした。暮らしのツールとして雨水に我が家の市民権を与えようというわけである。まず、2階のベランダに特別に設計して作ったフィルタータンクを設置、大屋根からの雨水を効率的に取水する。
フィルターを介して流れ込んだ雨はタンクに溜まり、初期雨水を排除しながら、満水になるとサイホン現象により1階のメインタンクに移送される。台所での使用時には、スイッチを入れるとメインタンクの雨水が高圧ポンプで2階に圧送され、流し台下に給水配管された専用水栓カランから使用できるシステムである。これで、台所の流し台での雨水使用は水道使用と同じように快適になるはずだ。しかし今回はもう一段次なる挑戦を試みた。非常時を想定して、完全に飲用可能な精度の水質を確保できるシステムを組むことにした。台所のシンク下まで配管された雨水は給水栓の手前でMF(ミクロフィルター)とUV管(紫外線消毒灯)のシステムを通し、水質精度の向上に心掛けた。建築設計を仕事にしている私にとって、この手の発想や工事は日常の業務の延長上にあるものなので、それは今までに培ったメリットかもしれない。

雨水タンクを設置した庭部分の写真画像1 雨水タンクを設置した庭部分の写真
目的は家の台所で日常使用の雨水を配管すること。1階庭のデッキの上にメインの貯水タンクを据え付け(容量150ℓ)2階のベランダに設置したフィルタータンクを経由して取水した雨水はサイホンの仕掛けで階下のメインタンクへ入る。
高圧ポンプで揚水して再度2階に送水する仕組み。メインタンクでのオーバーフロー水はデッキ下に設置した300ℓ容量の貯水タンク2基へ流入。そのオーバーフローは浸透層を通して雨庭とした庭の花壇植栽へ提供される。
しかし基本目的は敷地内治水である。豪雨が予想される状況では空状態が望ましい。庭の潅水や掃除その他の用途に積極的な使用を意識している。これも浅井戸ポンプによる送水システムを導入。通常使用の利便性を考慮して散水栓を設置した。

画像2 送水のシステムを設計して図式したもの
台所へ入った雨水はそのままで使っても遜色ない状況まで物理的処理を腐心しているが、今回は今一歩上を目指してみた。技術の躍進で簡単にマイクロフィルターを設置できる現況になった。
それを使わない手はない。起こってはならないことだが、今後の公共水需給状況が狂ったときにも自立した水環境の構築を知るということは私達生活者にも重要な課題だと認識する。
既存の雨水設備に最新技術のひと手間かけることで幼児や高齢者に対してのデリケートな水供給が個々に可能になることを考慮した実践である。
送水のシステムを設計して図式したもの

配管された雨水水栓の使用状況画像3 配管された雨水水栓の使用状況
左は通常の水道カラン、右が雨水使用の配管カランである。全く遜色なく使用でき快適である。我が家は建築後16年の家だが、これが新築時であれば当然もっといろいろな工夫ができたと残念に思う。
トイレ・お風呂・洗濯など用途ごとの水質管理を考慮すればかなりの割合で雨水活用は日常ツールになる筈である。今回のように改装の経費をかけることなく、建築設備としての初期の総合計画が十分可能である。

画像4 流し下に配管したMF(ミクロフィルター)とUV消毒灯
給排水のパイプBOXにて収まりよく設置できた。工事は地元地域の設備業者さんに依頼。もちろん初めての工事である。この実践の意義はそこにもある。みんなにも考える機会をということ。施工に関わってくれた業者さんにもその意義と目的を詳細に説明して理解した上でのお願いである。
この考え方が地域社会に少しづつでも浸透していくことが私の目的でもある。みんなで試行錯誤しながら、実験を繰り返して、使えることが実証された時にはみんなで万歳したものである。訳分からないご近所のおじちゃんおばちゃんでさえもこのプロジェクトの経過を興味津々で見守ってくれていたのは何よりの感動でした。生活の質が変わるというのはこんなことだと実感した。
流し下に配管したMF(ミクロフィルター)とUV消毒灯

さて試行錯誤をくりかえしながら、2022年2月中旬無事に設備工事が完工。ワクワクドキドキの試運転は成功したが、肝心の雨が降らない!「雨乞い」したいほど雨が待たれるというのはこんな心境なのだということを初めて知ることになった。2週間後やっとまとまった雨が降り、メインタンクが満水になった。
いよいよ雨水ライフが始まった。メインタンクの容量は150ℓ。工事中密かに期待していたことを次々とやってみる。流し台に取り付けた給水栓だからやはり、一番は食器の洗浄を試みる。溜めた雨水は効率よく使うというのが基本姿勢で実行。洗い桶(6ℓ)の水1杯だけで夕食2人分の食器を洗えるのだろうかと?実験を繰り返し、今では6ℓの水に小さじ1杯の洗剤を入れて洗い、仕上げはさっと水道水でゆすぐことで充分という納得の結果が表れた。クッキングはお味噌汁からご飯炊き、野菜の茹で処理まですべてに上質な出来上がり。野菜は色よく、ご飯はお米の香りが立つ。一番うれしいのはご近所さんたちの反応である。以前から「雨水よ」と断ってコーヒーを出していたのだが、今では我が家でふるまうコーヒーは「雨水コーヒー」が当たり前になった。この日常がみんなの雨水利用の関心事になりつつあり、少なくとも流し台での洗い物にはかなりの節水効果が見込める状況が見えてきた。

私が実証したいのは、これを建築の設備として家庭の第2水源として利用することだ。作り手や住まう人にその意識があれば、技術的には簡単に上質な水源になり得る。水資源が持続的に安全に暮らしに供給されることは重要課題だと思う。
食料自給の国内環境はすべて水から始まる。私たちの生き残りにもつながるかもしれない。重要なのは衛生面で安全に使える水が日常的にあるということだ。
さらにそれが飲めるほどの水質であれば、誰もが安心して使える。その根本が重要なのだ。

全文はこちら